2011.10.30(Sun.) おしまいっ
日記

書いてたら日付変わってました。
でもなんとか書けてよかったです。
最後の方はなんだかもうわたわたしっぱなしで、反省するばかりです。
それにしてもプレッシャーに弱いたちなので、もう連続更新は懲りました。
しばらくはまったりと改装にでも手をつけたいと思います。

拍手を押してくださった方、どうもありがとうございます。
おかげさまでなんとか終わらせることが出来ました。
期待していたものとは違うかもしれませんが、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

続き

翌朝ロイエンタールが目覚めた時、既に日は高い位置にあった。
眠りにつくのが遅くなったとはいえ、少々寝すぎてしまったかもしれない。
弟が寝静まった後、寝顔を見に行ってそのまま離れがたくなってしまったのだった。
いよいよ親友の言う「兄バカ」を甘受せねばならない時が来たのかもしれなかった。
けれどその対象がもうこの手を離れるのだとしたら、最後くらいそれでもいいような気もしていた。
身支度を整えて階下へ降りると、部屋のあちらこちらが可愛らしく飾り付けされていた。

「あっ! おはよう兄さん! 今起こしに行こうと思ってたんだよー」
「おはよう。……なんだ、あの妙にカラフルな飾りは。お前の趣味か?」
「何言ってるの。主役が」

主役? そんな趣味を持った覚えはないが……。

しかしロイエンタールの疑問はすぐに解消された。

「お誕生日おめでとう! 兄さん」

「誕生日だと?」

予想もしなかった方面から発せられた単語に、ロイエンタールは即座に対応できずにオウム返しに問うた。
あまりに不思議そうに問い返されてしまって慌てたのはミュラーである。
日にちを間違えたのかと、カレンダーを見なおした。

「えっ? 今日だよね? 10月26日……」

きちんと印をつけてあるし、間違っているはずもないのだが。
ここのところずっと悩み続けていたロイエンタールはすっかり誕生日のことなど忘れていたし、今日が何日なのか確認することもなかったのだった。
元より生まれた日など気にしたこともあまりなかった。

「いや、そうか。そういえばそうだな。忘れていた」

どうして自分の誕生日を忘れるのかとミュラーは頬をふくらませながらも、無駄にならなかったと安心したように笑った。

「ウォルフお兄ちゃん達も来るんだけどね。少し遅く来てもらうことにしたの。
 それまでの間、僕だけが兄さんを独占できるように」

えへへと、祝われる側より祝う側のほうが嬉しそうに砂色の頭をすり寄せてくる。
心のほうがまだ追いついておらず、ただ習慣でその髪を撫でてやれば、猫の子のように安心しきった笑顔を見せた。

「僕が一番初めにお祝いしたかったんだ」

言いながら、照れたようにもじもじしていたかと思うと、やがて弟は後ろ手に持っていたものを差し出した。

「はいこれ。お誕生日プレゼント」

小ぶりな長方形の箱は綺麗にラッピングされている。
起きてから今までの出来事がすべて夢のような現実感のなさで、咄嗟に反応するのが遅れた。
これも夢なのだろうかと心のどこかで疑いを持ちながら、夢ではないという期待に胸が騒いだ。

「……あ、開けてもいいか……?」
「もちろん! 開けてみて!」

出所のわからない緊張感に少しだけ指が震える。こんな感覚も久しぶりだった。
初めての体験。誰もが経験したことのある嬉しい驚きは、ロイエンタールにとって初めてのものだった。
包み自体は小ぶりだが、やけにずしりと重い。
軽い音を立てて蓋を外すと、ロイエンタールはその正体を見極めるために金銀妖瞳を瞬かせた。

「………?」

何やら不思議なオブジェ、という表現しかできない。
不思議な色のガラスで出来た曲線のみで構成されたそれは、流れるような形で2本の腕を持ち、その先には球体が嵌めこまれている。
黒と青の石。本物なのかどうかはよく分からない。

「これね、幸運を呼ぶ像なんだって!」

もしや怪しげな宗教団体にでも騙されているのだろうか。
あまりに純粋な笑顔で言われるものだからそんな疑惑が一瞬かすめたが、包装はロイエンタールも見たことのある有店のものだったし、おそらく風水だとかなんだとかいう類のものだろう。
作りは特段凝ったものでもないけれど、ミュラーの年齢でそう簡単に買えるような金額のものでもないように思われた。
これに限って口座から下ろしたとも考えられたが、近頃のケガの増え方が手伝いに精を出していたからだとすれば、これまでのことも辻褄が合うように思われた。
全てはロイエンタールを喜ばせるために。

こんな像が幸運を呼ぶだなんて少しも思えなかったが、ロイエンタールの幸せを願ってくれたというその気持ちそのものが、冷めた心の一番深いところを満たした。

「持ってみてどう? 幸せになれそうな感じする?」

この子どもは純粋に像自体にそんな力があると思っているらしい。
そんな子どもの気持ちに水を差すような愚行はしないでおこうと、とりあえず反証は内心に留めておく。

「……ありがとう」

礼を言われて微笑みを返すその顔は、やはりプレゼントをもらった方よりも嬉しそうだった。
不意に絡め取られた腕に額を押し当てられ、その顔が見えなくなる。
言いにくいことや内緒話をするときの、ふたりだけの秘密の仕草だった。
表情はわからないまま、こんな時には耳をすませるのが暗黙の了解となっていたため、ロイエンタールは静かに彼の言葉を待った。

「……僕、この家に来られて、兄さんに会えてよかった。
 ファーターとムッターが死んでから、夜も雨も怖くて、僕も早く二人に会いたいって、そればかり考えてたよ」

兄さんと会わなかったら、こんな幸せなことがあるだなんて思わなかった。

最後の声は少しだけくぐもって聞こえた。
愛しくてたまらない対象を思わず両腕に閉じ込めてしまったから。

「兄さんがくれたものは大きすぎて、僕にはまだこれしか返せないけど……。
 でも、もっと大きくなったら、絶対もらった以上のものをお返しするから。
 ……だからせめてそれまでは、ここにいてもいいかな……もっと役に立てるように、僕、もっと頑張るよ。
 僕が今幸せなのと同じくらい、兄さんにも幸せになってほしいから」

今はまだロイエンタールの腕にすっぽりと収まってしまうくらいの小さな体で、どれだけのものを抱え込んでいたのだろう。
自分のことばかりで子どものことを何も思いやってやれなかったことを恥じた。
この小さな手はいつだって自分を求めて必死に差し伸べられていたのに。
腕に力を込めた。

「何も返さなくてもいい。お前が今持っているものはすべてお前のものだ。
 役になんか立たなくても、家族なのだからずっとここにいればいい」

細い両腕が首に回される。そこにあるのが最も自然であると思えるくらい、何度もそうされてきた。

「兄さん、大好き……宇宙で一番、大好きだよ」

頼りない腕なのに、それでも精一杯の力を込めて抱きつかれた。
囁くような声。少しだけ震えていたその声が、言葉が、今までの疑いもすべて洗い流して、幸福感だけに包まれる気がした。
戦闘時の灼けつくような高揚感とは違う、暖かい光に全身を撫でられるような感触。
自分は今、幸せなのだと、強く実感した。

『生まれてくるべきではなかった』

両親からは愛情ではなく呪いだけを受けて育った。
しかし彼らから極普通の愛情を受けて育っていれば、今きっとロイエンタールはここまでの幸福を覚えなかったに違いない。
温もりなどと程遠い人生を確信していたのに、腕の中にあるのは長い間欲していた温もりそのものだった。
そう思えばあの好意的に見ることなどついになかった両親にだって、感謝さえ出来る気がした。

プレゼントを渡すという一大イベントを終えて一息ついた弟は、次には料理のほうが気になったらしい。
シェフに頼んであるから、もう出来てるはずだと砂色の髪を揺らしてテーブルを振り返っている。
いつも通りの無邪気さで振り回してくれる弟には苦笑してしまうが、ロイエンタールは大人しく弟を抱き上げてソファまで運んだ。
途中で思い出したようにミュラーは言った。

「あ、そういえば。これたしか説明書がついてるんだ。後で読んでね」
「なんだ、説明書って。何かに使うのか、これを」
「願いを叶えるオプションもついてるんだよ。たしか満月の晩に……」

像の効能については怪しさだらけでとても付き合いきれないので、像を包みごとミュラーに渡して読んでおくように言った。
彼は「兄さんの願いなのに」と唇を尖らせたが、箱の底から説明書を取り出すと持ち前の好奇心からか熱心に読みだした。
来訪を告げるベルが鳴ったのはそのときだった。
弟にはそのまま説明書を読んでおくように言って立ち上がる。
訪問者の心当たりなどひとつしかない。
執事にも自分が応対すると控えさせ、玄関のドアを開けた。

「よう! 誕生日おめでとう、ロイエンタール。楽しんでるか?」

快活な彼らしい笑顔で、そこには親友が夫人を伴って立っていた。

「プレゼントのワインと、あと料理の差し入れを持ってきた」

にこりとエヴァンゼリンが持っていたカゴを差し出してくる。
決まりきったようにワインを持ってくる友人に、いかに自分の弟が苦心してプレゼントを選んでくれたか語りたくなった。
しかしミッターマイヤーと街を歩いていたのは、きっとそのプレゼントを選んでいた時だったのだろう。そうすると勝ち誇る意味もあまりなかった。
兎にも角にも嬉しい気持ちで満たされているのに、あえて皮肉の応酬をすることもあるまい。
勝ち誇るよりもむしろ、今の自分なら、弟どころかこの親友とその夫人も一括りに抱きしめてキスすることが出来ると思うくらい、ロイエンタールは浮かれていたのだった。

「その様子じゃ、もうプレゼントはもらったみたいだな」
「ああ」
「嬉しかったか?」
「まあな。しかし大方卿も口出ししたんだろう? 何なんだあれは一体」
「なんだばれてたのか」

親友は大して驚いた風でもないように肩をすくめて笑った。

「実はおれにもよく分からん。おれとしては揃いのマグカップなんかを勧めたんだが。
 とにかく色が気に入ったみたいで、実用性だとかなんだとか一切かなぐり捨ててあれを選んだみたいだ。幸運だとかいうのも、素直に信じているみたいだったしな」

愛されているではないか、という悪戯っぽい笑みには眉をひそめて返した。
実際のところどういった基準でプレゼントを選んだのか。そのあたりはきっと本人に聞いた方が早いだろうと二人を部屋に案内すれば、少し目を離したすきに、当の本人は説明書を持ったままソファでぐっすりと眠り込んでいた。

「今日の日をロイエンタールよりも楽しみにしてたのに、寝てしまったのか」
「今しがたまで起きていたなだがな……」

3人分の笑い声も届かないようだ。

「プレゼントを買うためにずいぶん頑張っていたみたいだったもんなぁ。飾り付けのために、今日も早起きしたんだろうし」

ロイエンタールが何度か声をかけて揺すっても、ちっとも起きる気配はない。

「いい弟じゃないか。大事にしないとバチが当たるぞ」
「いい子ですものね、あなた。先日は私も楽しかったですわ」
「そうだよな、エヴァ。おれも楽しかった。
 なぁロイエンタール、また家に泊りに来させろよ」

昨日までなら冗談じゃないとすぐに断っていただろう。
しかし必ずここへ帰ってくると思える今なら、それも悪くない気がした。
勝手なものだと自覚はしている。
それにしても2年かけて分からなかったことが、今日の午前中だけで分かることもあるとは。
幸せそうな寝顔に口づけたくなるのを夫妻の手前堪えながら、ロイエンタールは立ち上がった。

そのうち起きるだろうと、小さな体にブランケットをかけてそのまま寝させておいた。
しかしながら、ワインと料理を楽しみながら話に花を咲かせている間に3回もソファから転がり落ちるものだから、ロイエンタールはブランケットにくるまったままの弟を2階へと運んだ。
眠り続ける弟はどことなく満足そうに笑っているように見える。
夢の中でも誕生日会を楽しんでいるのかもしれなかった。
ミュラーの両腕をきっちりブランケットの中にしまってから、ロイエンタールは部屋を後にした。

そしてその夜、ロイエンタール邸に子どもの泣き声が響き渡った。
夫妻が辞去してからしばらくしてのことだった。

「どうして起こしてくれなかったの!」
「何度も起こしたのに起きなかったんだろうが。普通はソファから1回落ちた段階で起きるだろうに」
「ぼくもお祝いしたかったのに!」
「祝ってくれたではないか」
「ちが…っちがうの……! ぼくが、一番たくさんおいわいしたふえっ…」

しゃくりあげすぎて何を言っているのかよく分からなくなっている。
つまりは寝てしまったことを悔やんでいるのだろう。
お祝いされなかったならともかく、お祝いできなくて泣き出すとは、子どもとはやはりよく分からない生き物だ。
今も責めるような口調で喚きながらも、ロイエンタールにしっかりとしがみついている。
あやすように背中を叩いてやっても、泣きやむ様子はなかった。

「ごめ、ごめんね…寝ちゃってぼく、おいわいできなくて、うぇっ」

今度は謝りだした。
この分では泣きつかれてまた眠るまで、きっと泣き続けるのだろうと予測をつけたロイエンタールは、会話にならない弟を抱きしめて存分にその感触を味わっていた。
用意されたプレゼントや言葉より、ロイエンタールを喜ばそうと努力してくれたことや、今この腕の中にいてくれることがこんなにも嬉しいのだと、きっと幼い弟には理解できまい。
最高のプレゼントが自分自身であるとは気づきもしないだろう弟を抱きしめて、ロイエンタールにとって幸せな気持ちで満たされた誕生日は過ぎていった。

かくしてロイエンタールの自室には、似顔絵のようなものの隣に、幸運の像らしきものも飾られることとなった。
最初にもらったその絵も、正直なところロイエンタールには何を描いたものか判断がつかなかった。
黒と青で塗られている箇所があるからおそらく自らを描いたものなのだろうかと思いながらも、しかし人間だとするとこの線は何を意味しているのだろうかと、疑問が尽きなかったからだ。
子どものお絵かきというものにあまり縁のない人生を歩んできた身では、仕方のないことなのかもしれない。
自分もその昔描いたこともあるような気はするが、それを取っておいてくれるような親ではなかった。
士官学校の授業でも教養科目で描いたことはあったけれど、絵心のある方ではないにしろそれなりに形をとることは出来たから、人を描いてああなるということが理解出来ない。
それでも見続けていればいつかは分かるようになるのかもしれないと、自室に飾っていたのだった。
自分のために描いてくれたのだということだけは、分かっていたから。
その隣で像は鈍く光を反射している。
きっとこれからも、そのスペースに飾られるものは増えていくのだろう。
誰も知らない未来の中で、二人が確かに幸せであることを、それは象徴しているのかもしれなかった。



そして翌年のロイエンタールの誕生日が近づいた時、ミュラーはこの日のことを思い返しては頭を抱えて赤面することとなる。

誕生日会で寝た挙句に本人に向かって泣いて喚くとか……一体去年の僕は何してたんだろう……。
しかも意味のわからないオブジェみたいの渡してしまったし。何を考えてあれを選んだろうか、僕は。

その頃には「幸運の像」のことをすっかり忘れているミュラーだった。

今年こそはきっと喜んでもらえるプレゼントを贈ろう! という決意をし、翌年後悔するという流れを、この先もずっと彼らは繰り返すことになるのだった。