どうせなら日付が変わった瞬間の更新を目指そう!っと思ったはいいものの、元々夜更かしできないタイプの上、既に眠くて書き上げられるか不安なのでまたしてもちょこっとだけ続きにいれておきました。
ロイエンタールお誕生日なのにロイエンタールが出て来ません。
明日中に書き終わるといいのですけれど。
昨日注意書きするのを忘れていましたが、パラレルでミュラー10歳を想定しています。
明日ロイエンタール取り扱いサイトさまを巡るのを楽しみにしたいと思います。
拍手を押してくださった方、どうもありがとうございました。
久しぶりに文章を上げたからか、ロイエンタールお誕生日のおかげか、パチパチが増えていて嬉しくなりました。
完成するまで、あともう少しお付き合いいただければと思います。
ウォルフガング・ミッターマイヤーが小さな訪問者を受けたのは、仕事が終わって帰宅した時のことだった。
夏の暑さがすっかりと姿を消して夕闇の沈む時間、肌寒さすら覚えるというのにその訪問者は外でミッターマイヤーの帰宅を待ち受けていたらしい。
ともすれば見落としてしまいそうになるくらい小さくうずくまったその子どもは、寒さから逃れるように自らを抱きしめ、一層小さく縮こまっていた。
顔を両膝に伏せているけれど、外灯に照らされた髪の色からすぐに正体がわかった。
親友の血の繋がらない弟、ナイトハルト・ミュラーだった。
ミッターマイヤーも弟として可愛がっている相手であり、ましてや家の前で風邪を引かせたなどと訪問者の保護者にでも知られればどうなるか、簡単に想像がついたので慌てて声をかけた。
「ナイトハルト! どうした、おれに何か用か?」
声に驚いたのか小さな肩はびくりと震え、その肩に手を置くと冷たさが伝わってくる。どれだけの時間、ここでこうしていたのだろうか。
「ウォルフお兄ちゃん……えと、おかえりなさい。
突然来ちゃってごめんなさい。少し、お話したくて……」
泣いているようにも見えた彼は、顔色はいいとは言えないものの泣いてはいなかった。
「お前、一人で来たのか? ロイエンタールはどうした」
辺りを見回しても、ミッターマイヤーと会うときはいつも傍にいるはずの長身の彼を見つけることはできなかった。
子どもは気まずそうに目を伏せて言った。
「ぼく一人で来たの……」
この子どもだけの訪問を受けるのは初めてだった。
何かあったとしか思えない様子の子の肩を抱いて、少しでも暖めようとしながら家に入るよう促した。
「わかった。とりあえず家に入ろう。ここは冷える」
ドアを開けてただいま、と奥に向かって声をあげると、すぐさまぱたぱたと軽快な足音に続いて小柄な妻が現れた。
「おかえりなさい、……あら?」
「おれに話があるみたいなんだ。暖かいものでも用意してやってくれないか」
「ええ。すぐにお持ちしますわ」
エヴァンゼリンは笑って応えると、身を翻した。
サロンへ案内してミュラーを座らせてやる。
上着を脱ぎながら、ミッターマイヤーは聞いた
「それにしてもエヴァがいるのに、どうして外で待っていたんだ?」
「少し待ってもウォルフお兄ちゃんが帰ってこなかったら、諦めようと思ってたの」
「先に連絡くれたら、もっと早く帰ることもできたんだぞ」
「……」
それを思い付かなかった風ではなかった。
連絡しようと思ったけれど、それができなかったのだろう。
そう思い至れば、ミュラーの行動が理解できた。
「なんだ。ロイエンタールには知られたくなかったのか?」
困ったような視線を寄こしてくるのが、答えみたいなものだった。
先にロイエンタールに訪問を知られれば、当然彼は弟を一人で行かせることをせずについてくるだろう。
あの心配性も度を越すと疎ましがられるぞと言ってやるのも、親友の務めかもしれない。
ため息をひとつついたとき、ドアから妻が現れた。
ホットレモネードのカップを運んできたエヴァンゼリンは、菫色の瞳を嬉しそうに輝かせてミッターマイヤーを見た。
「どうした?」
「ね、あなた。お夕飯もご一緒してはいかがかしら?」
「ああ、いいな。ナイトハルト、どうだ?」
「あ、ええと……家には言ってないので、お話ししたらすぐに帰ります」
子どもは子どもらしくない礼儀正しさで妻の申し出に首を振った。
保護者の教育の賜物か、それとも本人の資質から来る礼儀正しさからか、いつもこの子どもは出かけるとき執事か保護者に伝えているはずだった。
ロイエンタールには言えなくとも、執事には伝えているものだとばかり思っていた。
それほど切迫した用事なのだろうか。
「もう暗いぞ。地上車で送ってやってもいいが、遅くなってはどの道心配するだろう。
おれからロイエンタールに連絡してやるなら、問題ないだろう」
「でも……」
「大丈夫。上手く言ってやるさ。そうだ、ついでに泊まっていけばいい」
「え、そんな、迷惑じゃ…」
「そんなわけがあるか。いいよな、エヴァ」
「もちろんですわ」
もともと子どもが好きで人をもてなすのも大好きな妻は、なんの裏もない明るい笑顔でそう応えた。
「決まりだな」
少しばかり強引ではあったものの、夫婦の連携プレイの誘いは成功したようで、ミュラーは戸惑いながらもやがて頷いた。
ミュラーにはああ言ったものの、実際親友に連絡して許可をもらうのには骨が折れた。
ヴィジフォンの向こうで、保護者は想像通り渋ったのだ。
「そもそもなんで一人で卿の家に行ったんだ」
「うちの近くの友達の家に遊びに行っていて、帰りが遅くなったそうだ。
近くでちょうど出くわしてな。暗くなってきてたから家に連れてきた」
金銀妖瞳の親友はあまりそれと悟られないようにしているらしいが、ミッターマイヤーから見れば充分「溺愛」していると自信を持って言えた。
きっと美貌の友人に恋している数多の女性はその事実を知ったらひっくり返るに違いない。
彼がたった一人に執心しているなど。
それも美女や富豪の娘などではなく、年端も行かない少年だとは。
ロイエンタール自身は決して態度や言葉では現すことはしないけれど、親友の立場からするとその感情は充分に伝わってくる。
簡単にいえば「溺愛」「過保護」「心配性」。そのどれもがしっくりくるほどだ。
結局焦れた彼が地上車を運転して迎えに行くとまで言い出したため、
「おいおい。いいじゃないか、一日くらい。日頃お前が独占してるんだろう。
たまにはおれにも弟がいる気分を味わわせてくれよ」
そう言ってなんとか納得させた。
出まかせなどではなく、実は本心でもあった。兄弟、特に弟が欲しかったと常々思っていたミッターマイヤーにとって、ミュラーは自分にとっても弟分のような気持ちでいた。
力になってほしいと頼られたなら全力で助けてやりたいと思うし、お泊りだなんてそれだけでこちらがわくわくしてしまう。
ただあの親友はあれでなかなか拗ねると厄介だから、今日一日楽しませてもらったら、後日何かお返ししておこうと思った。
ヴィジフォンを切ったミッターマイヤーは、やれやれと肩をすくめながらサロンへ向かった。
大人しく腰掛けたままの少年は、温かいカップを手にしていても表情はちっとも晴れやかにはなっていなかった。
何かよほど真剣な悩みを抱えているらしい。
兄弟げんかか、という考えがちらりとよぎったが、先ほどのロイエンタールの様子からしてそれはないな、と思い直した。ヴィジフォンの中の彼はいつもどおりの兄バカだった。
ミッターマイヤーが入ってきたことに気づくと、ミュラーは泣きそうな表情で切り出した。
「ウォルフお兄ちゃん、あのね……」
そのあまりの真剣さに、知らず喉がなった。
「プレゼントか……そもそもあいつ、あまり物欲がなさそうだしなぁ……」
正直なところ、なんだそんなことか、と胸をなでおろした。
家まで来るところからもっとずっと深刻な悩みかと思っていたのだ。
妻の手料理を味わいながら、二人で悩んだ。さり気なく子どもが好みそうな料理を入れてくれる当たり、妻の気遣いが感じられた。
この一週間、悩みに悩みぬいて未だにいいプレゼントが思い浮かばない。
それで泣きそうになるまで悩むほど思ってもらえているだなんて、親友が知ったらそれこそ泣いて喜ぶのではないだろうか。
そこまで思ってくれる弟がいるというだけで、ミッターマイヤーからすると羨ましいの一言に尽きる。
悩んでいるその間にお手伝いを積極的にしていて、ある程度お金はまとまったのだけど、肝心の内容がさっぱりらしかった。
お手伝いを、と聞いて、ふと湧いた疑問をそのままミュラーにぶつけてみた。
「手伝いなんぞしなくても、あいつなら小遣いくらい渡してそうだが」
「うん。お小遣いはもらってるよ………もらいすぎなくらい」
でももらったお金でプレゼントなんて……、と、貴族の家で暮らしながらも真っ当な金銭感覚を身につけていることになんとなく安堵した。
もらいすぎとは一体どのくらい貰っているのか聞いてみると、なるほど確かに子どもにそれだけ与えてどうするんだ、というくらいの金額だった。あいつは何を考えているんだ。
それとも貴族とはこういうものなのだろうか……。
「ウォルフおにいちゃんは、何をあげるかもう決めてる?」
「特に考えてなかったが……まぁ、今年も多分酒だな」
「そっか……」
参考にならなくて申し訳ない。
ちなみにこの子がロイエンタールを「兄さん」と呼び、未だにミッターマイヤーを「ウォルフお兄ちゃん」と呼ぶのは、ミッターマイヤー自身がそうしてほしいと頼んだからだ。
少し背伸びをしたい年頃らしく、慕っている兄には特にそうした一面を見せることの多いミュラーは、最近になってミッターマイヤーのことも階級で呼ぼうとしたことがあった。
共に暮すロイエンタールほどではないにしろ、自分のことも兄のように思ってくれたらいいと、敬語も含めて堅苦しいからやめて欲しいと言ったのだ。
本人はその子どもっぽい響きが嫌らしいのだけれど、存分に子どもらしさを満喫出来る時期なんて限られているのだから、何も遠慮することはないと思うのだが。
ミュラーが一番に慕っているのはロイエンタールというのは傍目から見ても明らかだったが、彼には言えないことがあればなんでも相談して欲しいと思っていた。その役目は自分であると思っていたから。
そしてその時は来たのだ。ロイエンタールに言えないことで自分を頼ってくれたことが、ミッターマイヤーにとっては嬉しかった。
「よし。今度、どこか出かけようか。まだ買わなくても、いろんな店を見て回ればいいのが見つかるんじゃないか?」
色素の薄い瞳がぱぁっと見開かれ、その表情だけで返事がわかった。
「うんっ!行きたい!」
本来なら休日である明日にでも行きたい所だったが、さすがにいきなり泊まらせて明日もとわけにはいかないだろう。
機嫌を直すのが大変になるだけだ。
明日の朝は少し早めに送ろうと思う。
少しくらい早めに出た所で、きっとそれよりも早くこの子の兄は待ち構えている様子がありありと浮かんだ。
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久しぶりに一人でベッドに入ったエヴァンゼリン・ミッターマイヤーは、ベッドヘッドの向こうの壁から隣の部屋の笑い声が小さく聞こえて口元を緩めた。
先ほどまで同じ寝室にいた彼女の夫は、枕を抱えて「頼みがあるんだ」と切り出した。
その姿での頼みごとなど限られており、簡単に想像はついた。
「今日は客間でナイトハルトと一緒に寝たいんだが、いいかな」
真剣な顔でそんなことを言われ、思わずくすりと笑みがこぼれた。
そういえば夫が遠征でいないときはともかく、別々に寝るのはこれが初めてだった。
エヴァンゼリンは自分と同じような境遇の男の子に、夫が優しくしてくれるのは自分のことのように嬉しいと思う。
だから何も気にすることはないのだと、笑って送り出した。
本音を言えばそこに自分も混ぜて欲しいという気持ちもあった。
夫婦で一人の子を挟んで寝てみたかったからだ。もう少しミュラーが幼かったら、きっと打診してみたことだろう。
しかしきっと男同士で話したいこともあるのだろうと、今回は控えておいた。
灯りを消して目を閉じると、声を潜めている話し声が聞こえるような気がした。
夜は主人に譲ったけれど、朝になったら少しだけ少年の時間をくださいと言ってみよう。
夫と同じように、エヴァンゼリンも子どもが好きだし、夫の親友の弟ともっと仲良くなりたかった。
朝食の材料を買いに、一緒に歩いて行きたいと思う。
そしてミュラーの好きなものを教えてもらって、朝食に並べるのだ。
素直な少年はきっと素直に喜んでくれるだろう。
先程もエヴァンゼリンの手料理を実に美味しそうに食べてくれた。
その後彼は
「フラウ・ミッターマイヤー。お夕食とても美味しかったです。ありがとうございました」
などと少年らしくもない礼を述べたのだった。
生まれてからずっと甘えることの出来た存在を失くしてしまったせいか、子どもらしさを欠いたところのある少年がエヴァンゼリンは気になっていた。
礼儀正しいのは美徳だけれど、それが過ぎると人に他人行儀な雰囲気を与えるものだ。
同じように戦争で両親を失ったエヴァンゼリンには、現在の夫を初めミッターマイヤー家の人々が優しく接してくれたから、今こうしていられるのだ。
少年にも同じようにロイエンタールがいる。
きっと兄と慕う彼になら、もっと甘えられるのでしょうけど……。
あまり出しゃばるような真似はしたくはないが、それでも明日の朝にこうお願いするくらいは許されるだろう。
自分のことも名前で呼んではくれないかと。